平成23年3月11日に発生しました東北関東大震災において被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
     大東文化大学マリンクラブでは福島県いわき市平豊間で被災にあった当クラブのメンバーを支援しています。
     本ページは福島県いわき市平地区の復興までの記録を掲載していきます。
     地震発生から1ヶ月。まだまだ行方不明者の捜索や避難所での生活など復興までは時間を要すると思いますが
    夕日のような暖かい色の灯が平地区に灯ることを願います。
2011.4.10
大東文化大学マリンクラブサポーターズ



東北関東大震災
平成23年3月11日(金) 午後2時46分
マグニチュード9.0(震度7)



平成23年3月12日(土)〜29日(火)
準備中


準備中


平成23年3月30日(水)
午後2時46分で止まっている


平成23年4月1日(金)
前夜、北茨城へ向かい宿泊

当日、営業再開した「磯浦シーサイドホテル」

1階は津波の影響が残り完全復旧とまでは

いかないけどスタッフのみなさん

頑張っていました
ホテルからも見える二つ島

左の大きな島には花が咲いていたが

すっかり変わり果て

大量の海鵜がいるだけ

右の小さい島は海面が上昇したのか崩れたのか

海面からわずかに見えるだけとなった


平成23年4月2日(土)
美知太朗の避難場所に物資を届け

合流後に四倉方面へ

海岸沿いの道路は崩壊していた
後続車が続々と来るので

迂回路に誘導することにした

「ご苦労様です」と声をかけてくれる

被害の範囲が大きく原発問題で避難している住民も多く

人員不足は否めない



四倉海水浴場 駐車場前

若干撮影位置が違うのでわかりづらいですが、津波の影響で砂が残積し木の長さが短くなっているような・・・

2011.4.2 2007.9.13


トイレ内の陶器が倒れている
津波で流されたであろう車が並んでいる
四倉新港

倉庫の外観は廃墟化している
倉庫の中ですが、よく見ると車もある
2台のトラックが倉庫に突っ込んだ状態

左奥には船がある
船が横転している

地面にはガラスの破片や瓦礫が散乱している

これ以上近づくのは危険だ
豊間漁港は誰一人いない静けさ

がれき撤去の重機も入っていない
薄磯地区

廃車になるであろう車が道を塞ぐ

行方不明の捜索やがれき撤去を優先にしている為

一般車両は入れない
車の横を通り抜けると壊滅状態

男性が思い出を探している
いわき信用組合

看板が崩れている

当然、営業はしていない
建物の向かいあった看板

「地域の皆さん!いわしんと共に立ち上がりましょう!!」

津波が引いた後に職員が設置したようだ
右にはバスタブがある

海まで住宅があったのだが

ほとんど流されてしまった
4/1 13:40  浜OK

昨日の日付だ

行方不明者の捜索が完了したサインであろうか
私の身長(173cm)を超えるがれきが山積している

これでも整備されたようだ

サーフボードも何本も転がっていた
豊間中学校

1Fはすべて津波に飲み込まれたようだ
崩れた備品を避けなければ入れない

床は砂で覆われている
2階に上がる踊り場

階段にも砂が積もっている
2階までは海水が来なかったようだ

3階には卒業式に使われるのか花が準備されていた
屋上

ほとんどの家がすべて流されている

倒壊していない家も被害は相当だ
住宅周辺の捜索は終わったようで

砂浜を入念に捜索していた自衛隊のみなさん

地道な捜索だけに頭が下がります
中学校の体育館

入口に津波で流された車が突っ込んでいる
バレーのネットが張られている

地震発生時に練習していたのか

バレーボールが数多く転がっていた
グラウンド

在校生であろうか、3人が野球をしていた

何だかホッとする
中央に薄っすら見える灯台

美空ひばりさんの曲「みだれ髪」で有名な

塩屋崎灯台
自衛隊員

双眼鏡を使い海岸沿いを見ている
道路が崩落し遮断されている

このような状況では救助も厳しい
「新舞子ビーチ」の看板

ひっくり返っている
豊間地区

待機所であろうか

救急車、警察車、消防車などが並んでいた
民宿が並んでいる

どこも1階は流されている

営業まで時間を要しそうだ
自衛隊員と消防隊員が

合同で活動している時は

人が発見された場合が多い
自衛隊のトラック

がれきを運んでいる

何度も何度もすれ違う
倒壊した家(前)と残った家(奥)

地面からの高低差1m

運命を変える
美知太朗の飼い猫

番犬ならぬ番猫として家を見張る

人懐こすぎるのが心配?
幼稚園

残っているのは

屋根だけだ
午後3時14分

地震発生が2時46分

津波が襲ったときに止まったようだ
唯一のツーショット

セルフで撮影

当然、笑顔はない
夕日が眩しさを増すとともに

町から人が減っていく
比較的、新しい家は

半壊状態が多かった

しかし、この状況から改築は難しいようだ
すでに撤去を決めた家主は

撤去依頼の看板を立てていた

看板を立てるときは悔しかったと思う
井戸だ

すぐに土が見える・・・

いや砂か
回覧

いつもの日常が詰まっているはずだ
郵便局は崩壊していたが

建物の存在を示したかったのか

塀の上に貯金箱が並んでいた
豊間に残っている人々

「逃げる」よりも「生きる」という気持ちが強いのか・・・

なんだか懐かしく感じる
生きろ!ニワトリ
そういえば朝食後は何も口にしていない

さっきいた、ニワトリを食べるわけにはいかない

買ってあった甘食を食べる・・・牛乳との相性抜群だよね
永崎海岸
段差だ

勢い良く渡ればどうなることやら・・・

陸橋はみんなこんな感じ
傾いている家

四方から見てみる
左側から見る

こちらから見ると傾斜がはっきりわかる
右側から見る

隣の家も傾いたままだ

奥には道路が崩落している
真裏から見てみる

逃げるのが精一杯だっただろうな
崩落した道路
いわき・ら・ら・ミュウ (いわき市観光物産センター)

犬が一匹彷徨っていた・・・腹が減っていたようだ

甘食を車に取りに戻っている間にいなくなっていた

左の港にも船が2隻

港はどこも同じ状況だ
市場の入口

もちろん、人の気配はない


いわき・ら・ら・ミュウ (いわき市観光物産センター)

休日とは違う静けさ・・・人も物も何もない

2011.4.2 2007.9.13


「アクアマリンふくしま」前の交差点

信号は停止

3車線の道路を直進するのは慎重に慎重に・・・
施設周辺の道路は崩れていて

ほとんど立入禁止区域

左の船は海上保安庁の船かな?


平成23年4月9日(土)

東北で一番早く咲く桜

平の子鍬倉(こくわくら)神社

駄菓子屋

シャッターは閉まっているが

「がんばっぺ! にっぽん とよま人」

と書かれている



平成23年4月11日(月)

震度6弱

スーパーにいた美知太朗

縦揺れで陳列棚が全て倒れる

室内は暗く、外は雷雨

豊間地区の電気復旧

間近だったのに・・・

また停電に断水だ



平成23年4月12日(火)

午前6時

昨日の地震により断水

給水所には長蛇の列



平成23年4月15日(金)

がれきに覆われても

砂に埋もれても

ラッパスイセンは力強く咲いている



平成23年4月16日(土)

13:30

豊間は大雨に雷雨です

また停電・・・そして地震雲・・・



平成23年4月17日(日)

豊間の八幡神社

桜にタンポポ

4月上旬は瓦礫で隠れていた



平成23年4月18日(月)
豊間中学校グラウンド

前回来たときは少年が野球をしていたが

瓦礫置場となっていた


平成23年4月22日(金)
クラブメンバーに募った支援金と物資を積み

いわきへ向かう

今回は私以外に2人が同行


平成23年4月23日(土)
早朝の中郷サービスエリア

前回は閉鎖していたけど

営業してました
避難場所の内郷へ

物資を届けました

そのまま豊間へ


豊間の民宿の通りです

まだ、ブロックは手付かずですね

2011.4.2 2011.4.23


重量のある家財を移動

クラブサポーターズの委員長(左)と

今回の現地支援を志願したジョーくん(右)

浸水した1階を乾燥させるため

家財を裏山の倉庫へ一輪車で運ぶ

竹やぶを抜けると倉庫に辿り着く

津波が襲ってきた時もここへ逃げ助かった

掃いても掃いても砂だらけ

自衛隊の待機所を兼ねている

お店で昼食

お客さんは復興活動に携わる職人がほとんど

定職美味しかったなぁ

床は畳を取り木板で痛い

 窓代わりのブルーシートから風が吹き込む

残った毛布と戯れる番猫

少しだけ体温が上がる

雨が止む

電信柱に作業員の姿

電気の復旧はもうすぐかな

行方不明の飼犬を探すため

防護服を着用し

外に出る

手付かずの

崩れかけた納屋

いろんな場所から流された物

ゆっくり・・・掻き分け前進

しかし、見つからなかった

また雨だ・・・土砂降りになる

救援服の上に防護服

蒸し暑い、動作も鈍る

実家の裏も捜索

掘って、確認・・・掘って、確認

地道な作業も報われず

発見できなかった

さらに雨は激しさを増し

これ以上は危険と判断

作業を止めた



平成23年6月26日(日)
 
 

今春に開通した北関東自動車道を走る

渋滞は無いけど遠回りだなぁ

いわき信用組合

いわしんです
 
 

廃車予定の車は残っていました



前回までに撮影した画像との比較です


2011.4.2 2011.6.26
   
2011.4.2 2011.6.26
   
2011.4.23 2011.6.26
   
2011.4.2 2011.6.26
   
2011.4.23 2011.6.26
   


 
 


避難先では体調を崩していた番犬も

実家に戻り回復してきました

 番猫は健在です  
 


いわきを離れ福島市へ

被災者の無料通行措置が開始され

初めての週末

高速の一般レーンは大渋滞

 
いろいろ騒がれていますけどね

空腹で限界のため焼肉店へ

あ〜美味かった

 


平成23年6月27日(月)
 
 
 


宿に泊まり

さらに北へ向かう

 
気仙沼市

被害の大きい町の一つですね

 
 


港に近づくにつれ

被害が拡大していてる

まだまだ、復旧作業に時間を要しそうだ

 
この日は雨が降り続いてました

少し寂しい感じですが

翌日には初鰹が水揚げされました

食べたかったぁ〜

 
 

港周辺です

震災前は倉庫が並んでいた

道路は水が張ったダート状態

轍が無数にあり、走行も大変でした

 ここでも重機が活躍

瓦礫の山です
 
 

タバコ屋さん

営業中ですが、店舗は臨時のようです



いわきの薄磯や豊間より被害は広範囲であり、復旧にも時間がかかっているように感じ

福島から宮城までこれでもか、これでもかと瓦礫が続き、撮影する気分ではなくなりましたね

二人とも気分も足も帰る方へ向いていました


 

平成23年8月31日(水)
 
 
  神奈川県在住の小学5年生の女の子

被災地を自分の目で見たいと連絡あり

豊間中学校を教えました。

自分の学校と比較して見たらどう思うでしょう?
 
 被災地へはお父さん、お母さんと家族で行き

学校の宿題としてレポートを作成したようです。

非日常の光景は言葉が無かったようです。
 
 

平成23年12月31日(土)
 
 

前回までに撮影した画像との比較です

前回(6月)に来た時よりも建物が無くなっていた。

いわき信用組合や民宿など改築とはいかなかったようです。


 2011.4.2 2011.12.31 
   
 2011.6.26  2011.12.31
   
 2011.4.2  2011.12.31
   
 2011.6.26 2011.12.31 
   
 

 
  塩屋崎灯台が復旧してました。
 

平成24年1月1日(日)
 
 
陽が昇る前です。

6:30頃から車が増えてきましたが

混雑は無かったですね。
 AM 6:55

海面から陽が見えましたが

すぐに雲に隠れてしまいました。
 
  私は今年のテーマとともに撮影しました。
 

前回までに撮影した画像との比較です


 2011.4.2  2012.1.1
   
 

 
  「いわき ら・ら ミュウ」

車から出た瞬間から

威勢の良い声が店内から聞こえてきました。

昼になるにつれ、お客さんも増えてきました。
 

前回までに撮影した画像との比較です


 2011.4.2  2012.1.1
   
 2011.4.2  2012.1.1
   


震災発生から2年6か月

2013.9.21


 
豊間海水浴場

サーファーが数名・・・・・穏やかでした。


民宿があった場所です。

変化ありません。

 
   
塩矢崎灯台です。

お店は営業していませんが

観光でしょうか・・・数名いました。

 
豊間中学校です。

土砂に重機は相変わらずです。

なかなか移送先が決まらないみたいです。

 
 
薄磯地区

草が生い茂っています。

 
 
「いわき ら・ら ミュウ」

頑張っています。

 
   
小名浜漁港

夕陽を浴びる船。